キハ20系
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 キハ20系は国鉄が1957年に開発した一般形気動車であるキハ20と,同じ設計思想で製造された形式群の総称で,国鉄制式の系列名ではありません。1955年に完成したナハ10系軽量客車では準モノコック構造車体とプレス鋼板による溶接組み立て台車が採用されました,これらの技術を転用すれば,従来のキハ10系(キハ45000・キハ17)に対して重量を3/4程度と大幅な軽量化が可能になり,非力な既存エンジンDMH17を用いても電車・客車と同等の大型車体を備えた気動車が実現でき,1956年から20m級の大型車体を備えたキハ55系が製造されました。これを受け,普通列車に用いる一般形気動車についても大型車体を持つキハ20系が製造されました。キハ20系は各形式とも全長20mとなっていますが,2エンジン車のキハ52は全長21.3mのロングボディとなっています。キハ20系は1966年までに合計1,126両が製造され,全国で使用されました。
 
■ 新製車
形式 番号 製造年 車体構成 仕向け地 主な仕様
キハ20 1‐103 1957 両運転台 暖地向け バス窓
201‐484 1958‐1962 二段上昇窓,白熱灯
501‐522 1964‐1965 二段上昇窓,蛍光灯
キハ25 1‐75 1957 片運転台 暖地向け バス窓
201‐253 1958‐1961 二段上昇窓,白熱灯
301‐314 1963 二段上昇窓,蛍光灯
キハ21 1‐84 1957 両運転台 寒冷地向け バス窓
キハ22 1‐170 1958‐1962 両運転台
デッキ付
酷寒地向け 一段上昇・小型二重窓,白熱灯
201‐343 1963‐1965 一段上昇・小型二重窓,蛍光灯
キハユニ25 1‐6 1957 片運転台 寒冷地向け 郵便荷物二等合造車,バス窓
7 1962 酷寒地向け 郵便荷物二等合造車,一段上昇・小型二重窓
キハユニ26 1‐41 1958‐1962 片運転台 暖地向け 郵便荷物二等合造車,二段上昇窓,白熱灯
42‐59 1962‐1964 郵便荷物二等合造車,二段上昇窓,蛍光灯
キハ52 1‐56 1958‐1961 両運転台 勾配線区向け 2エンジン,二段上昇窓,白熱灯
101‐156 1962‐1966 横形2エンジン,二段上昇窓,蛍光灯
キユニ21 1‐2 1969 両運転台 寒冷地向け 郵便荷物合造車,寒地向けキハ21から改造
 当鉄道局ではこのページの他,下の各民鉄のページにもキハ20系の写真があります。

  ひたちなか海浜鉄道/茨城交通 島原鉄道 下北交通 津軽鉄道  
キハ20
No.N8301‐29
1983年3月3日
左 キハ20 404 他 3両 普通
右 キハ181 他 特急しおかぜ
予讃本線 宇多津
高松 キハ20+キハ40+キハ20‐404 多度津

宇多津で高松行き「南風」と「しおかぜ」の2本を退避する予讃本線下り普通列車,先頭はキハ20 404。このあと宇多津駅は瀬戸大橋線へのアプローチのため移転し,複線電化および高架化され線形も大きく変わりました。写真の旧駅跡は区画整理され何も残っていませんが,GoogleMapでみると右側の白いビル「芳香園製薬」がそのまま残っており,位置がはっきり判りました。
(2024/09/03追加)
No.N8307‐8
1983年3月15日
右 キハ20‐463 他 3両
左 キハ35‐144 他 6両
筑肥線 周船寺
この時期,筑肥線では電化に向けた試験が行われており,103系1500番台車や福岡市交1000系がキハの合間に試運転を繰り返していました。このようなキハの交換は,1週間後には見られなくなりました。
(2008/04/30追加 2022/07/11ワイド化)
No.123‐16
1986年3月20日
キハ20
大隅線 大廻←大隅境
キハ20単行。大隅線は志布志−国分間98.3キロの路線でしたがJR化目前の87年3月14日付で廃止されました。
(2010/01/30追加 2022/07/13ワイド化)
No.123‐27
1986年3月20日
キハ20+26
400/600+20
日豊本線 宮崎→南宮崎
大淀川特集。キハ20先頭の3両,小窓のキロ25格下げキハ26が入っていて楽しい。
(2010/01/30追加 2022/07/11ワイド化)
No.124‐4
1986年3月21日
キハ20
日豊本線 宮崎→南宮崎
バス窓の初期形キハ20を含む4連。
(2010/01/30追加 2022/07/13ワイド化)
No.124‐19
1986年3月21日
キハ20 506
日豊本線 宮崎←南宮崎
午後の大淀川を渡るキハ20の単行列車。
(2022/07/13追加)
No.145‐31
1987年3月30日
キハ20 298他
高崎運転所
さよなら国鉄のヘッドマークを付けたトロッコ列車の先頭に立つキハ20 298。トロッコと合わせているのか側窓が全開になっています。右側は八高線 八王子‐高崎のサボを入れたキハ35 527。 1987年3月1日,JR化を目前にして高崎第一機関区と高崎客貨車区が統合され高崎運転所が誕生しています。
(2024/09/07追加)
No.D70s_060827‐21
2006年8月27日
キハ20 247
真岡鐵道 真岡

SLを模擬した駅舎が有名な真岡駅に首都圏色キハ20が静態保存されています。幌まで朱色になっています。
(2009/07/26追加 2022/07/13ワイド化)
No.D200_070805‐245
2007年8月5日
キハ20 467
碓氷峠鉄道文化むら
一時ほぼ壊滅状態になった国鉄オリジナル色ですが,動態/静態保存に際しこの色に戻されており目にする機会が増えました。
(2007/08/10追加 2022/07/13ワイド化)
No.D700_131013‐55
2013年10月13日
キハ20 247
真岡鐵道 真岡

ここのキハは幌まで首都圏色。
(2013/12/25追加)
No.D700_131013‐66
2013年10月13日
キハ20 247
真岡鐵道 真岡
ボックス席が並ぶ車内。中央部窓側の排気管が特徴。
(2013/12/25追加 2022/07/13ワイド化)
No.D700_131013‐132
2013年10月13日
キハ20 247
真岡鐵道 真岡
キューロク館の新設に伴い整備されピカピカになったキハ20 247。
(2013/12/25追加)
キハ22
No.N8205‐22
1982年3月10日
キハ22+キハ26+キハユニ26
大船渡線 竹駒←陸前高田


陸前高田を出るキハ22先頭の普通列車。貴重な腕木式信号を入れて撮りましたがちょっと中途半端でした。
(2009/12/13追加 2022/07/13ワイド化)
No.N8205‐23
1982年3月10日
キハ22+キハ26+キハユニ26
大船渡線 竹駒←陸前高田
上と同じ列車。
(2009/12/13追加 2022/07/13ワイド化)
No.13‐26
1983年8月12日
キハ22 87+キハ22
広尾線 幸福
愛国から幸福へという硬券が飛ぶように売れていた時代の幸福駅に停車するキハ22 87。幸福は無人駅なので入場券はありません。車掌さんしか写っておらず落ち着いた雰囲気に見えますが,周辺にはツーリングの兄ちゃん達がいっぱい。広尾線は帯広‐広尾間84.0kmの路線でしたが1987年2月2日廃止されました。
(2018/06/10再スキャン・ワイド化)
No.13‐27
1983年8月12日
キハ22 87+キハ22
広尾線 幸福
防風林がよいアクセントになるローアングルからの一枚。廃線になってしまうとこんな駅撮り写真もとても貴重になります。
(2018/06/10写真追加)

 
No.13‐28
1983年8月12日
キハ22+キハ40
広尾線 幸福
麦畑,防風林と無人駅。
(2018/06/10追加)
No.13‐30
1983年8月12日
キハ22+キハ40
広尾線 幸福
下り列車が発車。
(2018/06/10追加)
No.14‐11
1983年8月13日
キハ22 250+キハ40 164
士幌線 糠平
糠平駅に停車中のキハ22+40の2連。当時の士幌線は十勝三股‐糠平間がバス代行となっていました。
(2010/01/04追加 2022/07/13ワイド化)
No.16‐29
1983年8月18日
キハ22 246
胆振線 壮瞥
壮瞥に停車中のキハ22と噴煙を上げる昭和新山。伊達紋別−倶知安間を結んでいた胆振線は1986年11月1日にバス転換で廃止されました。09年の家族旅行で支笏湖〜洞爺湖を回った際に胆振線の廃線跡を通りかかり,当時を思い出して追加しました。
(2009/08/20追加 2022/07/13ワイド化)
No.16‐33
1983年8月18日
キハ22 85
胆振線 伊達紋別
伊達紋別の0番線ホームに到着したキハ22 85他の2連。上の246とはタイフォンカバーの形状が異なります。タブレットキャッチャー装備。ちなみにフィルムはKRで,深度が浅くなっています。
 (2022/07/13ワイド化)
No.17‐9
1983年8月20日
キハ22 44他
221D
根室本線 白糠
白糠に停車中の帯広発釧路行普通列車。
(2010/01/04追加 2022/07/13ワイド化)
No.17‐29
1983年8月21日
左:4821D キハ24
右:4826D キハ22 245
松前線 千軒
これも廃止路線の松前線での1枚。函館を7:06に出た721Dは木古内に8:15に到着し,江差行きを分割,松前行きは4821Dとなって,この千軒で9:27に4828Dと交換,というシーン。松前線は木古内−松前間50.8キロの路線でしたが,1988年2月1日付けで廃止されました。Googleマップの航空写真で千軒駅の痕跡が確認できました。
(2010/01/15追加 2022/07/11ワイド化)
No.148‐36
1987年8月1日
キハ22 2両
釧網本線 塘路←茅沼
シラルトロ湖付近を走るキハ22。左側が釧路側。
(2010/01/31追加 2022/07/13ワイド化)
No.149‐20
1987年8月2日
キハ22 251他 4両
富良野行
富良野線 美瑛
富良野線乗りつぶしの際の写真。キハ40が主力になっていますが先頭はキハ22。貫禄の面構え。
 (2022/07/13ワイド化)
 
No.190‐34
1990年6月17日
キハ22 343
東北本線 野辺地
86年11月ダイヤ改正で登場した青森‐浅虫温泉間のお買い物列車「うとう号」向けとして,セミクロス化改造され,トリコロール塗色となったキハ22 343。
(2022/06/16追加)
No.193‐12
1990年8月6日
キハ22 702
函館本線(上砂川支線) 上砂川
函館本線の通称上砂川支線の終点,上砂川に停車中のキハ22 702。上砂川支線は1918年に開業した砂川−上砂川間7.3kmの路線で,1994年5月16日に廃止になりました。上砂川は倉本聰脚本のテレビドラマ「昨日,悲別で」のロケ地となったため,悲別の駅名標がありました。
(2022/06/16追加)
No.193‐13
1990年8月6日
キハ22 702
函館本線(上砂川支線) 上砂川
キハ22形700番台はこの上砂川支線と江差線でのワンマン運転実施のため,6両をワンマン仕様に改造したもの。1990年3月10日からワンマン運転が開始されています。
(2022/06/16追加)
No.195‐30
1990年8月10日
キハ22 292+キハ22
津軽線 三厩
盛岡色のキハ22。JR化後,盛岡管内のキハ22は八戸に集結し,大湊線や津軽線を中心に運用されていました。
(2022/06/18追加)
No.240‐35
1991年9月17日
キハ22 316+キハ22
室蘭本線 白老→社台
電化区間を快走するキハ22×2。カッコイイ。
(2010/01/30追加 2022/07/13ワイド化)
No.D200_090817‐136
2009年8月17日
キハ22 56
小樽市総合博物館(手宮)
原色のキハ22。タブレットキャッチャーを装備しています。
(2009/08/20追加 2022/07/13ワイド化)
キハユニ25
No.D200_090817‐144
2009年8月17日
キハユニ25 1
小樽市総合博物館(手宮)
1958年製のキハユニ25 1。後方はキハ27 11‐キロ26 107‐キハ56 23。
(2009/08/21追加 2022/07/13ワイド化)
No.D200_090817‐146
2009年8月17日
キハユニ25 1
小樽市総合博物館(手宮)
寒地けの合造車キハユニ25。郵便マークにバス窓,涙が出ます。所属は札トマ(苫小牧)。
(2009/08/21追加 2022/07/13ワイド化)
キハユニ26
No.N8206‐14
1982年3月12日
キハユニ26+キハ55系+キハ40
山田線 茂市
岩泉線乗りつぶしため下車した茂市での1枚。急行色のキハ55系が挟まれています。ネガの変色がひどかったのですがNX2でなんとかまともな色に持ってきました。
(2009/12/13追加 2022/07/13ワイド化)
キハ52
No.N8206‐16
1982年3月12日
キハ52
宮古線 田老
現在三陸鉄道北リアス線になっている田老駅。当時の宮古線はこの田老が終点でした。列車本数がないので,上の写真の茂市→岩泉線→岩泉→バス→小本→バス→田老→宮古線→宮古と乗りつぶしました。
(2009/12/13追加 2022/07/13ワイド化)
No.120‐19
1986年3月16日
キハ52 52
肥薩線 吉松
吉松で待機するキハ52,前面に補強板が張られています。
(2009/12/27追加 2022/07/13ワイド化)
No.120‐20
1986年3月16日
キハ52 38
肥薩線 吉松
熊ヒト(人吉機関区)の表記があるキハ52。赤電話も懐かしい。
(2009/12/27追加 2022/07/13ワイド化)
No.130‐12
1986年7月18日
キハ52 128
木次線 出雲坂根
三段スイッチバックを越える旧塗色キハ52128単行。
 (2022/07/13ワイド化)
No.130‐14
1986年7月18日
キハ52 128と急行 ちどり
木次線 出雲坂根
有名な三段スイッチバックの駅,出雲坂根で交換する国鉄を代表する気動車たち。
(2010/01/30追加 2022/06/25ワイド化)
No.178‐38
1989年12月24日
キハ52 135
飯山線 戸狩野沢温泉
東日本を回ったクリスマスツアーの際,飯山線でお世話になったキハ52 135。前面強化に加え飯山線色という独自の塗色で結構派手な印象。
(2023/04/30追加)
No.178‐39
1989年12月24日
キハ52 135
飯山線 桑名川
雪深い桑名川駅の風景。
(2023/04/30追加)
No.370‐35
1997年10月4日
キハ52 141+キハ52
山田線 山岸→上米内
山田線の築堤をゆくキハ52
(2022/07/22追加)
No.D70s_061103‐7
2006年11月3日
キハ52+40+58+28
磐西・只見ぐるり一周号
磐越西線 五泉→猿和田
DD532のばんものを撮りに行ったのですが,その前にこの列車が通過。夜中に磐越道飛ばして新潟まで行った甲斐がありました。激パの早出川にて。
(2022/01/15 ワイド化)

No.D200_091025‐15
2009年10月26日
手前からキハ52+52+28+58
磐西・只見ぐるり一周号
磐越西線 五泉→猿和田
会津若松 キハ52 137+キハ52 127+キハ28 2371+キハ58 1022 新津

今回は3時過ぎに自宅を出て,9月末に新製投入されたETC・ナビ付きの新車で安田ICへ。現場には6時半と,ナビより1時間早着しましたが,DD53の再来かと思う程のパニックで,またもやかぶりつきのアングルになりました。3年前はキハ52のスノープロウが橋げたにかかった反省を活かして,ハスキー三脚を伸ばし脚立に乗って撮影しました。もっとも,あまり上げても反対サイドの柵やケーブルが入るので難しい。
(翌日追加)
No.D200_100228‐37
2010年2月28日
キハ52 125・115
大糸線 糸魚川
糸魚川構内で待機するキハ52。急行能登で早朝4:40に到着した折のバルブ撮影。能登の指定席は満席だったのですが,Webで毎日チェックしていた息子が,△になった瞬間,最寄り駅に走って押さえました。しかし,予想に反し自由席は空いていましたので,そちらへ移動。高崎からはシートを回転し足を伸ばして仮眠をとり,無事糸魚川に到着しました。
(2010/03/06追加 2022/07/13ワイド化)
No.D200_100228‐38
2010年2月28日
キハ52 115
大糸線 糸魚川
始発420Dに使われるキハ52 115のバルブ撮影。周辺の光源が乏しいため,ストロボで光量を稼いでいます。キハは既にエンジン始動,左側のキハ52 125は2番列車の424Dに充当されます。
(2010/03/06追加 2022/07/13ワイド化)
No.D200_100228‐44
2010年2月28日
キハ52 115
大糸線 糸魚川
冷たい雨の中,始発420Dのドアが開くのを並んで待つ乗客の皆さん。
(2010/03/06追加 2022/07/13ワイド化)
No.D200_100228‐50
2010年2月28日
キハ52 125
大糸線 糸魚川


こちらは2番列車用のキハ52 125。北陸本線の475系が発車していきました。
(2010/03/06追加 2022/07/13ワイド化)
No.D200_100228‐55
2010年2月28日
420D→422D
キハ52 115
大糸線 平岩
この日の420Dは北陸,能登ときたぐにで現地入りして来た同業者の皆さんで通勤ラッシュ並みの超満員。頚城大野,根知,小滝と数名ずつ降り,平岩へ到着。420Dはそのまま422Dとなり,6:57に南小谷へと出発します。みぞれ降る中下車して撮影しているとKo氏とばったり遭遇。皆さん考えることは同じ。
(2010/03/06追加 2022/07/13ワイド化)
No.D200_100228‐56
2010年2月28日
422D
キハ52 115
大糸線 平岩
みぞれ混じりの雨の中,平岩で発車を待つ422D。Ko氏は先週もここに来たそうで酷かった雪がこの雨でずいぶん解けたのだとか。
(2010/03/06追加 2022/07/13ワイド化)
No.D200_100228‐63
2010年2月28日
424D
キハ52 125
大糸線 小滝→平岩
上の写真撮影後,すぐに平岩駅前の橋梁の前にKo氏,息子と3人で陣取りました。6:25糸魚川発の424Dが7:01に平岩到着。みぞれは徐々に雪へと変わりました。
(2010/03/06追加 2022/07/13ワイド化)
No.D200_100228‐67
2010年2月28日
421D
キハ52 125
大糸線 平岩→小滝
平岩折り返しの421D。悪天候でしたが,この時期の大糸線の雰囲気は味わえました。
(2010/03/06追加 2022/07/13ワイド化)
No.D200_100228‐69
2010年2月28日
423D
キハ52 115
大糸線 平岩→小滝
南小谷から折り返してきたキハ52 115。電気化学工業の大所川発電所建屋前,カーブした橋梁を快走。
(2010/03/06追加 2022/07/13ワイド化)
No.D200_100228‐72
2010年2月28日
キハ52 115
423D
大糸線 平岩→小滝
70‐200mmズームで引き付けながら連写。
(2010/03/06追加 2022/07/13ワイド化)
No.D200_100228‐89
2010年2月28日
キハ52 156・125・115
大糸線 糸魚川
皆さんお目当てのイベント。10:30から糸魚川地域鉄道部の赤レンガ機関庫前で3両並びの撮影会が実施され大賑わいとなりました。
(2010/03/07追加,2015/11/03ワイド化)
No.D200_100228‐90
2010年2月28日
キハ52 156・125・115
大糸線 糸魚川
見納めの光景。美しいレンガ庫に並ぶキハ3両。
(2010/03/06追加 2022/07/13ワイド化)
No.D200_100228‐98
2010年2月28日
キハ52 125・115
大糸線 糸魚川
薄日が射す場面もありました。
(2010/03/07追加 2022/07/13ワイド化)
No.D200_100228‐117
2010年2月28日
キハ52 156
糸魚川


この日は運用がなかったタラコ色のキハ52 156。
(2010/03/06追加 2022/07/13ワイド化)
No.D200_100228‐132
2010年2月28日
キハ52 125
大糸線 糸魚川
撮影会終了後,午後の運用に就くキハ52 125。このキハ52 125は大糸線での運用終了後,いすみ鉄道に転属し,美しい国鉄標準色に変更の上,運用されています。
(2010/03/07追加 2022/07/13ワイド化)
No.D200_100228‐139
2010年2月28日
キハ52 125
大糸線 糸魚川
糸魚川駅に入線し最後の活躍をするキハ52 125。
(2022/07/13追加)
No.D700_120212‐16
2012年2月12日
キハ52 125
いすみ鉄道 総元←久我原
大糸線からやってきたキハ52‐125に会いにいすみへ。今回は,県内在住のH君に聞いておいたポイント周辺をロケハンし,夷隅川を渡って総元に向かうアウトカーブの築堤を狙いました。
(2022/07/12追加)
No.D700_120212‐19
2012年2月12日
急行そと房
キハ52 125
いすみ鉄道 総元→久我原
上総中野から戻って来たキハ52。大原方に"そと房"ヘッドマークを付けています。余裕で入ると思ったのですが目測を誤り,長身のキハ52ははみ出してしまいました。
(2022/07/12追加)
No.D700_120212‐21
2012年2月12日
キハ52 125
いすみ鉄道 総元→久我原
後追い,上と同じ築堤。快晴だったので空を入れました。
(2022/07/12追加)
No.D700_190810‐037
2019年8月10日
キハ52 115
津山まなびの鉄道館



2010年の大糸線以来の再会。
(2019/09/29追加)
No.D700_190810‐040
2019年8月10日
キハ52 115
津山まなびの鉄道館



扇形車庫での展示なので正面しか撮影できません。目線の高さから。
(2019/09/29追加)
No.D700_190810‐042
2019年8月10日
キハ52 115
津山まなびの鉄道館



下から煽り。いい顔してます。
(2019/09/29追加)
No.D700_190810‐043
2019年8月10日
キハ28 2329,キハ52 115,D512
津山まなびの鉄道館
車両もクラも永く残してもらいたい。
(2019/09/29追加)
No.D700_190810‐092
2019年8月10日
キハ28 2329 キハ52 115
津山まなびの鉄道館


縦アングルでサイドから
(2019/09/29追加)
No.D700_190810‐121
2019年8月10日
キハ52 115
津山まなびの鉄道館
大糸線でワンマン仕様になっていたので助士席側に表示器が残っています。
(2019/09/29追加)
No.D700_190810‐143
2019年8月10日
キハ28 2329 キハ52 115
津山まなびの鉄道館
ずっと見ていても飽きない顔
(2019/09/29追加)
No.D850_200223‐051
2020年2月23日
キハ52 125+キハ28 2346
急行1号
いすみ鉄道 上総東←西大原
西大原のインカーブ,太陽はずっと雲の中で,せっかく菜の花が咲いてるのに色が出ないな,とあきらめていましたが,キハ52がファインダーに入ってから俄かに日が射してきて,え,え,えって感じでした。キハ28側は光が弱いですが反対でなくて良かった。
(2022/07/12追加)

No.D850_200223‐063
2020年2月23日
キハ52 125+キハ28 2346
急行1号
いすみ鉄道 大多喜→小谷松
息子が頑張って大多喜の18分停を利用して先回りしましたが,お日様のご機嫌が優れず残念でした。
(2022/07/12追加)
No.D850_200223‐074
2020年2月23日
キハ52 125+キハ28 2346
急行1号
いすみ鉄道 西畑→総元
また息子が頑張って総元で追い抜き,西畑手前で3カット目を撮影。天気が悪いときは空を入れないことですね。
(2022/07/12追加)
No.D850_200223‐086
2020年2月23日
キハ28 2346+キハ52 125
急行4号
いすみ鉄道 総元←西畑
急行4号はまず白梅と絡めました。
(2022/07/12追加)
No.D850_200223‐109
2020年2月23日
キハ28 2346+キハ52 125
急行4号
いすみ鉄道 上総中川→国吉
大多喜での20分停を利用して千葉で一番有名な踏切へ先回り。ようやく晴れて来たので右側の菜の花の築堤で構えていたのですが,せっかくなので踏切を入れて撮ってみました。追い写しですが,なかなか良い感じ。もう少しアングルを下げて踏切が空に浮かぶようにしたかったですが,実はこの前に大勢しゃがんでるので無理w。大人気。晴れるとD850は非常に良い色を出してくれます。
(2022/07/12追加)

No.D850_200223‐127
2020年2月23日
キハ52 125+キハ28 2346
急行3号
いすみ鉄道 上総中川←国吉
天気は曇ったり晴れたりでしたが,急行3号は淡い日光が射しなんとか終了。
(2022/07/12追加)

 2007年6月30日 ページ新設
 2009年12月2日 イベント毎に並べ替え
 2010年3月6日 系列毎に分離
 2022年7月13日 写真ワイド化完了
 2022年7月14日 形式一覧表および解説を追加
 2022年10月15日 写真を時系列から形式毎に並べ替え,形式一覧表とリンク,キャプション欄左右入替完了

■ 参考文献
 今尾恵介 日本鉄道旅行地図帳 1号 北海道 新潮社 2008年5月
 Wikipedia 国鉄キハ20系気動車


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